シュミシュフ

好きなこと、人には言えないことを書いていきます

パニック障害克服まで ①



パニック障害のこと



数年前、私はパニック障害になりました。

突然呼吸ができなくなり、動悸がして意識が遠のき、

救急車で運ばれました。

その数年間は生き地獄にいたように感じます。


あまりに苦しくて、1日を乗り切るのがやっとで、あまり

正確に時期的なことは覚えていないこともあります。

なので、あいまいなところがあるとは思いますが、

自分自身のためにも、これまでの経緯と克服するまで

のことを、まとめようと思います。


私は自分がパニック障害になって始めて、パニック障害

という病気のことを知りました。

そして、私以外にも多くの人がパニック障害

苦しんでいることを知りました。


もしブログをすることがあるのなら、パニック障害のことを

書く、そう決めていました。

パニック発作のあの「生き地獄」で苦しんでいる人が、もし

この記事を読んでいるのであれば、私は心から伝えたい。

その苦しみはいずれ去ると。

絶対に絶望しないで欲しいのです。


人によって症状は違うし、良くなる方法も違うのでは

ないかと考えています。

私自身完全に治ったかと言われたら、そうではない

と思います。

パニック障害の記事を書きたいと思っていても、

いざ書こうとすると動悸がしたり、息苦しくなったりして

長い間書くことができませんでした。

正直、今も過去を振り返ると具合が悪くなってしまい、

タイトル止まりで進まなかったのですが、今日こそは

書くと固く決めて書いています。

パニック障害とまだ戦っている人の少しでも参考になれば

いいと願っています。


パニック障害 初めての発作

その頃、

主人の母を突然に亡くして、夫と子供たちと私は

悲しみにくれて、義母を思い出しては涙しながら、

日常をおくっていました。

私は、義母をあまりにも突然亡くして悲しんでいる

夫や子供たちを守らなければという気持ちが

いっそう強くなっていつも以上に家事も励んで、

家族を笑わせようと明るく振舞っていました。


義母が亡くなって1ヶ月過ぎた頃です、

子供たちと夫が立て続けてインフルエンザに

かかってしまい、私はほとんど寝ずに看病する日が

続きました。

最後にインフルエンザがうつった夫がタミフルが効いて

熱が下がってホッとしたその日、

突然息ができなくなったのです。

初めての発作は本当に突然で、家事を終えて、

ソファーに腰をおろした時でした。


息ができない・・・

そして動悸がして意識が遠のいていく・・・

私は隣でTVを観ていた夫に

「息ができない・・・病院・・・」そう言うのが精一杯でした。


夫が車で近所の病院に駆け込み、私はその病院から

救急車で大きな病院へと運ばれました。

看護師さんが、「脈が140越えてます」と医師に

報告していたのが聞えました。

救急車の中で私が眼を閉じようとすると、看護師さんが

すごい形相で私の名前を呼びながら揺さぶり起こすんです。

その時、「あ、もしかして死ぬ可能性あるってことなのかな」

子供たちとこれで最後ってことになったらどうしようと

不安になったものです。


結局その日、病院であらゆる検査をして、くだった診断が

「過労」でした。

白血球が2800と少ないのが気になるけど、

他に異常はないとのことでした。

その時、思ったのは、白血球2800って結構な異常じゃないの?

何か病気が潜んでいるかもしれないという不安が

拭えないまま、点滴が終わって家に帰りました。


家に帰ってからも、何度か息苦しくなりました。

でも、夫と子供に心配をかけたくないという気持ちと、

さっき大丈夫だったから・・・と、夫に言えず

1人もだえ苦しんでいるうちに、

息はできている状態のときもあるので、

明日の朝まで我慢して、別の病院で診てもらおう、

そう思って夜をひたすら静かに横になって耐えました。


パニック障害を知る



翌日病院に行って、症状を説明して検査をするのですが、

心臓も肺も血液も白血球が少ない以外の異常がない

という同じ結果でした。

循環器系じゃなければ、他に病気が隠れているかも

しれない、そう思った私は自ら内臓のエコーだけでなく、

胃腸の内視鏡も申し出ました。

耳鼻咽喉科で、カメラで喉も診てもらいました。

口腔外科も行き、口腔内、舌も検査しました。


ありとあらゆる検査を受けて、

結論から言えば、私は検査をすればするほど、

健康体であることが証明されました。


証明されたにも関わらず、私の体調はどんどん酷くなり、

息苦しさに加えて胃腸も膨満感で苦しく、喉に違和感も

あり、1日中息苦しい状態に加えて、1日に何度も動悸がして

息ができなくなるという症状があるので、私は絶対に病気が

潜んでいるはずだと、病院に通い続けます。


通い続けるうちに、だんだん科の先生たちの対応が

変わってきます。

もう異常がないけど、検査しに来る人扱いで、

さとし励ましてきたのです。

優しく、「人間は強いものです、もっと自分の体を信じてください」

そう話してくださる先生もいました。

消化器官の医師に、ここで初めて、

もしかしたら精神的なものかもしれないので

心療内科を受診してみてはどうか

という話をされました。

その時の私が思ったのは、

まさか私が精神疾患だなんてありえないでした。

精神的な問題で息苦しいという発想自体が全くなかったのです。


先生は、心療内科に首を傾げる私に、

「不安を抑えてくれるから飲んでみてください」

抗不安薬ホリゾンを1ヶ月分処方しました。

1日に2回、ホリゾンを飲みながら過ごすことになるのですが、

私はホリゾンという薬が少し強めの抗不安薬であることを知って、

怖くなり途中から勝手に息苦しくて耐えられない時のみに

服用するようにしました。


効果はあるように思いました。動悸がおさまるのが早い気がして、

頓服薬として肌身離さず持っていました。


ここまでの流れでだいたい3ヶ月くらいが経過したでしょうか。

長く苦しい3ヶ月でした。

病院への通院も、病院の椅子に苦しくて横になって

待っていましたし、息苦しくなるのが怖くてほとんど

栄養ドリンクやポカリスウェットしか飲んでいないので、

フラフラでした。

どうやって生きていたのか思い出せないくらいです。


理由はわかりませんが、病院の医師たちは、1人もパニック障害

という言葉を口にしなかったので、私はまさか自分が

パニック障害だと気づかず、原因を探して苦しんでいました。


自分はパニック障害なんじゃないか?

それに気づいたきっかけは、あるTV番組でした。

まるで私じゃん・・・


その時私は自分がパニック障害であると確信しました。

そして、やっと苦しみの原因がわかってTVを観ながら

涙したように思います。

毎日が精一杯であまり時期を具体的に思い出せないので

正確ではないかもしれませんが、パニック障害だと知ったのは

半年ほどたった頃だと思います。


心療内科に行く


人生初の心療内科での診断はやはり、

パニック障害と、そして不安神経症でした。

内科の先生から抗不安薬ホリゾンの後にデパス

処方されていたのですが、

効き目が早いし、依存性があるというのを聞いていたので、

どうしても怖くて飲めず、心療内科でもそのことを伝えて

漢方薬(半夏厚朴湯)を処方してもらいました。

(強い抗不安薬を服用出来なかったので、確かに不安症だったなと自覚しています)


心療内科パニック障害と診断されたことで、

自分が大病を患ってはいなかったことがわかって、

生きて家族と過ごせることができることに安堵し、

原因さえわかれば治る事ができるとまた安堵しました。


でも、パニック障害だと知ったからといって、

症状が劇的に改善するわけでもなく、

ここから数年間苦しみます。

パニック障害は死なない

この大きな事実である大きな支えにパニック発作

耐え続けました。


死なないとはいえ、1日に何度もあるパニック発作を長く

続けると、体力的にはもちろん、心が弱ってくるんですね。

一生このままなのだろうか・・・

自分はずっと、こうして苦しんで家族の何の役にもたたず、

迷惑かけて生きていくのだろうか、自分は必要ないんじゃないか


そう思って生きる気力が失われていきました。



②へ続く